A3報告書による開発革新活動の展開が形骸化して停滞した事例

トヨタが実践するリーン製品開発を導入しようとするとき、まずはA3報告書を活用して社内の知識資産を有効活用できるようにすると同時に、品質問題の発生を未然に防いだり、人材育成ツールとして活用したいと考える事例が増えています。

しかしながら、単に報告書のフォーマットをA3に変えて、社員にA3報告書を書くように促すだけでは、実は成果は出ないという事例を紹介します。

社員の高齢化でノウハウが消失することを恐れる電機メーカー

老舗の中堅電機メーカーD社の副社長で開発本部長を兼務している高柳氏(仮名)は、社員の高齢化に危機感を持っていました。

ここ数年は新卒の採用を止めていて、むしろ即戦力として中途採用を中心に人材確保を進めていました。

当然、若手社員の割合は低く、平均年齢は40才代後半といったところです。

このところ毎年数人の社員が定年退職で会社を去っていき、またこの先数年で、かなりの数の社員が定年を迎えることがわかっています。

ベテラン社員の持っているノウハウを、何とか新しい人材に受け継いでいってくれることを願っているものの、日々の仕事の忙しさもわかっています。

過去に経験した成功事例、反対に起こしてしまった重要品質問題からの学びは、年々企業から消えていくようで、何か手を打たなければと日々考えていたのです。

そんなときに高柳副社長が書店で見つけたのが「トヨタ式A3プロセスで製品開発」という本でした。

「重要な知識を残す」、「知識を再利用する重要性」という言葉が非常に印象的で、自社の問題に対する解決の糸口になるのではないかと考えたのです。

高柳副社長は、部課長を集めて「トヨタ式A3プロセスで製品開発」の内容を簡単に説明し、自社でもA3報告書を活用して現状の様々な問題を解決していくことにしたと宣言します。

信頼できる部長一人を指名し、委員会を作って進め方を検討するように指示し、具体的な進め方が決まっていきます。

委員会での決定事項

  • 委員会メンバーでA3報告書の書き方を学び、社員への指導テキストを作成する
  • A3報告書の書き方講習を実施する
  • A3報告書の題材は、品質問題対応の経過及び結果、技術紹介、試験方法、社内ノウハウなどとする
  • 各部署で、A3報告書にするテーマを決めて社員に割り当てる
  • 各人の期間内でのA3報告書提出のノルマを定め、人事考課に反映させる
  • 月に一度のA3報告書の報告会を実施し、相互にレビューし意見交換する

高柳副社長が部課長を集めてA3報告書の展開を宣言してから約3か月後に、委員会での準備が終わり、その後、書き方講習が始まり、いよいよA3報告書活動が始動していきます。

 

 

トップダウンでのA3報告書活動

不安なスタート

トップダウンで決まったA3報告書活動は、委員会の決めた手順で始まっていきましたが、現場では不安と不満が錯綜します。

ただでさえ忙しい状況なのに、なぜこれまでと違う種類の報告書を書かなければならないのか?

若手社員からは、そもそもA3報告書によって何か良いことが起こるのか?大変なだけじゃないのか?という不満の声が密かに挙がります。

ベテラン社員からも「なんの意味があるんだ?」とか「俺たちのノウハウが必要なら口で説明してやるよ!」などと不満を顔に表し、ネガティブな声が徐々に広がっていきます。

委員会メンバーを通して高柳副社長へも、このような現場の声が聞こえてきて、高柳社長は全員を集めて、部課長に説明したようにA3報告書を展開する目的や期待する効果について話をし、改めてA3報告書活動を進めるように強く訴えます。

そして、「それでも不満があるなら、私に直接言ってくるように」と言って説明会を締めくくります。

それ以降、表立って不満を言う人はいなくなったのですが。。。

 

形が出来上がった一年、行き詰まった二年目

高柳副社長からの一喝があって、トップのやる気がわかったからか、そこからは委員会の決めた手順通りに進んでいきます。

半期に一人2枚のA3報告書のノルマは、社員にとっては負荷も大きかったのですが、全社で進めているので何とかこなしていきます。

月に一度の発表会も実施されていて、そこで意見交換が行われ、不備があるものは修正が促されて、A3報告書の質を高める活動も継続されています。

出来上がったA3報告書は、一定期間、社内の壁に張り出されて全社員に共有されます。

最初のころは、A3報告書が張り出された壁の前に人だかりができていて、みんながA3報告書を眺めている光景が良く見かけられました。

自分のノルマ達成のために、他の人はどんな書き方をしているのか、自分もうまく書くために何かヒントをもらえないかという意識も働いていたのかもしれません。

あるいは、今まで他部署の人たちがどんな仕事をしているのかあまり知らなかったこともあって、「あの人たち、こんなことをやっていたんだ!」というような興味もあったのかもしれません。

しかし、A3報告書活動も二年目に入ると、壁の前でA3報告書を見ている人も激減していきます。

月に一度の発表会の参加者も徐々に減っていくのですが、委員会からのエスカレーションで、時おり高柳副社長からの激が飛ぶことで何とか開催を継続しているという状態になっていきます。

部課長クラスからもA3報告書の発表会がだんだん形骸化してきていて、多くの社員の時間を使うのが無駄なのではないかという意見がチラホラ出始めます。

高柳副社長も、一年目の中盤頃には、A3報告書のデータベースも増加してきて、活動も継続していることに満足していたのですが、二年目に入り、活動の成果が表れていないことにも気づき、また現場からも「形骸化」という声が聞こえてきて、活動の見直しが必要だと感じるようになりました。

 

明確な目標を立てたPDCAを回す必要

ここでD社のA3報告書活動について考察していきましょう。

まず、D社がやったことを振り返ってみます。

  1. トップダウンで活動の意義を説明し、活動開始を宣言
  2. 委員会で進め方を協議、決定
  3. 社員の不満、不安にトップが再度説明
  4. 活動を粛々と進める

さて、どこにどんな問題があったのでしょうか?

まず、最初に浮かぶのは、社員への説明は十分だったのでしょうか?という疑問ですね。

社員の不安や不満はトップの一声で抑えられたように見えますが、内に籠ってしまっただけで解消されてませんね。

そして、もう一つは、粛々と進める中で、トップと現場で何を目標にやっているかがすっかり抜け落ちているように思えるのですが、いかがでしょうか?

すなわちD社の間違いは、この活動で社員にどんな見返りがあるのか、そして会社にとってのメリットは何か、そのことをトップと社員が共通の認識として持つことが出来なかったことと、活動によってその目指すべき状態に近づいているのかいないのかを評価していないために、自分たちが今どこにいるかをわからないまま、ルーチン業務として思い負荷を背負わされているということだったのです。

ではどうすべきだったのか?

目指すべき姿を現状との対比で見つめる

そもそも高副社長の悩みは、ベテラン社員の経験やノウハウが後進に伝わらず、会社からなくなっていき、その結果、品質問題の後追い体質から抜け出せずにいるということでしたが、では、高柳副社長はA3報告書活動によって、自社をどんな会社にしたかったのか?ということをボンヤリとさせたまま活動を進めてしまったのではないでしょうか?

「とにかく悩みを解決する」ということだけでは目指すべき姿が周りには伝わりません。

自分自身ですら、「ではどういう会社になるのですか?」と質問されて、はっきり答えられないのではないでしょうか?

そんな状況では、ベテラン社員も若手社員も、負荷を押し付けられたという想いしか持てないのではないでしょうか?

組織改革で大事なことは、何か手を打ったら、そこからどんな変化が起きて、それが連鎖することで目指すべき姿に近づいていくことをイメージできるかどうかなのです。

D社の場合、高柳副社長の最初のイメ―ジは、ベテラン社員のノウハウが失われていくということでしたが、では、その結果、どんなことが起きているのか、そして、会社にとってもっとも重要な課題は何なのかを深掘りする必要があったと思います。

ベテラン社員のノウハウが社内に伝わらない→社内の知識が失われる→開発上の問題を繰り返す→品質問題に追われる→長時間残業が増える→社員の士気が低下する→個人と会社の技術が伸びない→新しい良い製品が出ない→売上が低迷する

のような連鎖が起きているかもしれませんね。

だとすると、トップが考えるもっとも重要な問題は、売上が低迷するということかもしれませんが、ベテランの知識というところから、品質問題が多発したり、社員の士気が低下したり、良い製品を生み出せなかったり、実に様々な問題が連鎖して起きていることもわかります。

ここまでをしっかり分析したら、今度はこれからどんな会社にしたいのかを決めます。

ベテランの知識が社内の残り、それを生かして若手が伸びる。若手が生み出した新しい知識も自然に社内に広がって再利用される。社内の知識を活用するから品質問題が起きにくい。社員が伸びて、品質問題が少ないから、新たなチャレンジに取り組む時間が増える。そんな夢のような世界を描いてみます。

そして、A3報告書を活用すると、そんな会社に変化するのだろうか、と考えるわけです。

簡単ではなさそうですね?実際、A3報告書を書かせるだけで、こんなバラ色に世界に変化することはないと、冷静に考えればわかるはずです。

ではどうしたらいいか?

それをトップと現場で一体となって考えて、試行錯誤しながら進め、さらに途中で変化の状況を測定して必要に応じて軌道修正していくということをやるべきだったのだと思います。

そんなこと出来るの?

必ず出来ます。

フューチャーシップが考える「連鎖式組織改革法」は、

  1. 現状の負の連鎖を分析する(問題の構造化)
  2. 問題の根本原因を追究する
  3. 根本問題を解決する方法を成功事例から見つける
  4. 解決方法によって起こす良い変化、未来の世界を設計する
  5. 障害・副作用を予測し先手を打つ
  6. 目指すべき未来までの詳細計画を立てる
  7. 小さなPDCAを回しながらゴールを目指す

ということをやっていきます。

「連鎖式組織改革法」の流れを理解し、実践できるようになるためのワークショップをやっています。⇒「連鎖式組織改革法ワークショップ

「連鎖式組織改革法」の詳細については、事業内容ページ、又は別記事「製品開発組織を勝ち続ける組織に変える」を参照ください。

 

 

この記事を書いた人

賀門 宏一

製品開発組織の改革に永年携わり、考えるエンジニアを育成することで、新製品、新事業を次々に生み出す組織に変革させる製品開発革新のプロパートナー。