電機メーカーB社は、事業部でA3報告書を標準の報告書に変更し、組織全体でA3報告書による知識活用を進めて、3年後に市場品質問題を半分に減らすことができました。
A3報告書の展開をどんなキッカケで始め、どのように進めたか、そしてどうやって成果を挙げられるようになったかを見ていきましょう。
事業部長の危機感
総合電機メーカーB社の塚本事業部長(仮名)は、家電製品の製品企画、製品開発部門、及び品質保証部門を統括していました。
製品開発部門は、常に超がつくほどの忙しさです。
前向きな忙しさというよりは、品質問題の対応に追われ、常態化している日程遅れと日々戦っている感じです。
根本的な問題があるのかもしれないことを塚本事業部長は感じていますが、この忙しさの中で何をどうしていいのか、日々頭を悩ましていますが、なかなかいい答えが導けません。
そんなときにグループ会社の社長からの紹介で、F社というコンサルタント会社がトヨタのリーン製品開発手法について、B社に来て説明してくれることになりました。(参考記事:「トヨタ式リーン製品開発とは」)
約1時間、リーン製品開発概論のプレゼンを聞き、多くの企業との開発方法の違い、組織体制の考え方、リーン製品開発導入のメリットなどを一通り聞いて、塚本事業部長は今の状況を変えてくれるかもしれないと感じ、特にA3報告書について強い関心を持ちました。
その理由は、チーフエンジニア制やセットベース開発も、非常に役に立ちそうではあるものの、実践にはかなりハードルが高いと感じたのに対して、A3報告書は、単に報告書のフォーマットを変えるということ以上に様々な仕組みも一緒に変えなければいけないことは理解できたものの、展開事態はそれほど難しくなく、少しの頑張りで大きな成果を得られるかもしれないと感じたことがあります。
塚本事業部長の悩みは様々で、日程遅れや品質問題が多発していて、かつ新しいコンセプトの製品にチャレンジできない、ということが最も重要な課題と感じていて、さらに、定年退職間近のベテランが持っている技術やノウハウが、若手に引き継がれていないことも大きな悩みでありました。
忙しすぎてベテランから若手への技術伝承が疎かになっていることもありますが、そもそもベテランのノウハウが暗黙知化されてしまって、文書等として残っていないので、ベテランが退職してしまうと、その技術やノウハウが会社から消えてしまうことに、実は大きな危機感を持っていて、A3報告書は、品質問題の発生を抑えることと、ベテランのノウハウを文書として残すキッカケにもなると考えたこともあります。
F社コンサルタントの芳賀氏(仮名)からの説明が一通り終わると、塚本事業部長は芳賀氏に声をかけます。
「A3報告書だけでも成果は挙げられますか?そしてA3報告書はどんな風に展開すればいいのですか?」
芳賀氏は答えます。
「もちろん、A3報告書の展開だけでも成果は挙げられます。しかし、進め方はちょっと工夫が必要ですよ」
A3報告書活動の導入から大きな変革へ
塚本事業部長は、F社の支援を受けながらA3報告書活動を行う決断をします。
B社製品開発部門は、全体で200名強の人員構成ですが、開発技術者が約100名、商品企画部7名、品質保証部約30名をA3報告書展開の対象とすることにします。
まずは、この対象メンバーに対して、リーン製品開発手法の概要、そしてA3報告書の意義や、B社で展開する目的、A3報告書の書き方や活用方法などの教育を実施していきます。
芳賀氏の展開プランに従って、まず、マネージャーやリーダークラスに対する教育を先に行うことと、そのときに特にA3報告書の質向上のため、目指すべき質の高いA3報告書とはどんなレベルなのかを、徹底的に理解するように時間を取ります。
マネージャ―とリーダーの教育が終わったところで、全メンバーにリーン製品開発とA3報告書の教育を実施し、その後、実際にテーマを決めてA3報告書を書いてもらいます。
最初は、慣れるためにマネージャーと相談の上、書きやすいテーマを選び、どんな目的で何を伝えたいかなどもマネージャーと相談の上、報告書のテーマ、タイトル、どんな起承転結で書くまでを決めた上で、実際に書いてみて、マネージャー含めたチームでレビューをしながら改善していくということをやっていきます。
月に一度程度の頻度で、事業部全体でA3報告書の発表会をやり、他部門との交流、他部門からの意見を吸い上げることもやることで、組織全体でのコミュニケーションの活性化も狙っていきます。
しかし、A3報告書ばかりをやっているわけにはいかず、メンバー全員、通常の仕事をしながらなので、この助走期間は半年間、しっかりと取ります。
そして、マネージャ―以下の教育、全メンバーへの教育と展開と並行して、塚本事業部長と数人の幹部、F社の芳賀氏というメンバー(ステアリングメンバー)で、A3報告書活動に関する戦略を立てます。
戦略立案は、次のようなステップで立てていきます。
- 製品開発事業部の現状の問題は何か?その根本原因は何か?
- A3報告書活動で目指す世界はどんな世界か?目標値の明確化
- 目標値と現状のギャップを埋めるためのA3報告書の運用はどうあるべきか?
組織の現状分析では、議論が白熱し、実に様々な意見が出てきました。
報告書の内容や質という話から、なぜ品質問題が後を絶たないか、なかなか優秀なリーダークラスが育っていない、指示待ちの社員が多い、疲れ切っている、新しいコンセプト製品にチャレンジする暇がない、など、報告書の起因するとは一見思えないような問題まで議論が深まります。
このような現在の組織で起きている問題は、何か共通の根本原因があるのではないかという仮説で、さらに議論を深めていき、ある一つの仮説が浮かび上がった。
『製品を次々に出すことに注力しすぎて、社員の自主的な活動を上層部が制限してしまったことが様々な問題の原因ではないか』
議論が始まったころは、社員や中間管理職に問題があるのではないかという意見が多かったのですが、塚本事業部長はそれを制して、自分たちの問題として考えてみようと誘導することで、このような仮説に至ることが出来ました。
この仮説で、今の問題が起きていることが説明できるかどうか、逆の検討もしてみたが、どうもこの仮説はかなり有力だということにもなりました。
そうすると、単にA3報告書を書くというルールを作っても、それでけでは効果が上がらないどころか、さらに上層部からの更なる制約となって現場の心も離れていくだろうということを考えるようになります。
ステアリングメンバーでの議論の結果、A3報告書を真に定着させるために、社員全員がチャレンジできる仕組みを作り、その活動の中で多くの社員が積極的にA3を書くようになり、また利用したいと思う体制を作っていくためにどうするか、という議論に進んでいきます。
塚本事業部長は、以下の決断をします。
- 事業計画、製品ロードマップを見直し、チャレンジ度の高い製品開発をリスクをとって入れていく
- まずは、現状の一機種を中止し、新たなチャレンジテーマを設定する
- チャレンジテーマは、開発者も企画に参加させてみる
- チャレンジテーマのA3報告書活動を組織全体で注目し、バックアップする
事業計画の見直しは、一事業部だけでは出来ず、営業との調整と社長決裁も必要となるので、年度をまたいだ塚本事業部長自身の仕事になります。
機種一つの中止も、かなり苦労はしたものの、何とか全社の了解も取れ、リスクを取りながらチャレンジテーマに変更となり、一つのモデルケース作りに入って行けることになりました。
A3報告書活動とモデルケースプロジェクト
A3報告書の展開は、事業部全体で少しずつ進んでいきます。
最初のころは、なかなかうまく書けません。
文字ばかりになって読みづらい、見た目がビジーでそもそも読む気が起きない。
何を伝えたいのかがわかりづらい。
不要な情報がたくさん含まれていて、論点が定まらない。
書きたいことが一枚に収められずに、無理やり縮小して収められている。
しかし、マネージャーやリーダーを中心に、継続的に組織的なレビューを繰り返していきます。
ただ、実は6か月くらい経過したところで、少し中だるみのような状態になっていくのです。
月に一度の事業部全体の発表会も、なんとなく形骸化してきて、しかもA3報告書を書くのは、それぞれの社員にとってはやはり負担も大きく、どうしてこんな大変なことをやらなければならないのかという疑問の声も挙がってきます。
組織的なレビューや月に一度の発表会は、少しずつではあるのですが、全員のA3報告書の質を知らず知らずのうちに上げているのですが、忙しい状況では、負担を感じることの方が大きいのかもしれません。
A3報告書の展開活動とは別に、活動開始から半年後には、モデルケースとして既存プロジェクトを一つ中止した代わりに、チャレンジな目標をもったプロジェクトがスタートしています。
塚本事業部長も全面的に支援する、企画部門と開発部門が一体となって、製品企画、構想から始めるプロジェクトです。
従来機からのマイナーチェンジではなく、新たな顧客価値を獲得し、ブランド価値を高められるような製品にチャレンジするテーマです。
もちろん、期待に応えられないのではないかというリスクもありますが、今までの形に捕らわれずに自由にやってみろ、という塚本事業部長の言葉も大きな後押しになって、メンバーのモチベーションも上がっています。
全社的にも、これまでの既存製品の開発のように、出来て当たり前、出来なければ大失敗というような感覚ではなく、新たなチャレンジが許されるようになったという変化を社員が感じるようになります。
活動開始から半年後のころには、このプロジェクトからもA3報告書が出てきます。
このプロジェクト以外のメンバーが、少し中だるみになってA3報告書を負担に感じるようになったころに、モチベーションの高いチャレンジテーマのメンバーからA3報告書が出てくるので、その活力が全体にも伝わっていきます。
また、このモデルプロジェクトのメンバーは、少しでもいい製品を、高品質にしかも出来るだけ短納期で開発したいという強い欲求もあるため、社内にある技術情報や顧客調査に関する情報、つまり社内の知識を集める努力もします。
そうすると、社内の報告書を調べて回るのですが、まだA3報告書が始まって半年しか経っていないので、蓄積されたA3報告書はまだまだ少なく、従来からの報告書データベースから探すことになるのですが、調べてみると、残っている文書情報が非常にプアであることがわかってきます。
また、この調査活動は、周囲の人たちに直接聞き込みなども行ったので、プロジェクトメンバー以外に人たちにも、文書蓄積が不十分であること、そしてどんな情報が求められるのかが伝わっていきます。
B社の活動は、地道なA3報告書の布教活動とチャレンジ精神を引き起こすモデルプロジェクトの相乗効果が出ることによって、事業部全体のモチベーション向上へと繋がっていったわけです。
コラム:
A3報告書活動で成果を挙げるためには、良い報告書を書いて蓄積するだけではダメで、報告書が実際に多くの人に読まれて、活用されて初めて価値が出るものです。
なので、重要なことは、A3報告書の需要と供給のバランスと取ることなのです。
B社の事例では、地道なA3報告書の布教活動で、供給側を発達させながら、モデルプロジェクトを進める中で、需要が喚起されるという循環を作ることが出来ました。
この需要と供給を維持できるような開発システムを作ることが大切なのです。
品質向上へ向けた次の一手
活動開始から一年経つと、A3報告書活動もだいぶ定着するようになります。
一人当たり2~4枚のA3報告書が蓄積されてきて、事業部全体で500枚程度となっていますが、蓄積されたA3報告書がどの程度読まれて、読まれたことによってどんな成果に繋がっているのかがわかっていません。
塚本事業部長とステアリングメンバーは、ここで次の手を考えます。
まず、A3報告書活動の目的は、
- 社内の知恵を使って製品開発における品質向上を目指す
- 学習する組織でイノベーションを加速する
であったことを再確認し、まずは1番目の目的に対する評価・測定をすることを考えます。
プロジェクトにおける品質問題の発生件数を発生時期と照らし合わせてデータ化したものを見てみます。
モデルプロジェクトは、まだ開発途上なので完全なデータは集まっていないものの、ここまでのところは品質問題は抑えられているように見えます。
ただし、他の既存プロジェクトは、現在の状況と活動以前の状況であまり差は見られません。
一年で成果を求めるのは早すぎるのかなどの意見も出ましたが、ステアリングメンバーで討議した結果、次の一手を打つことに決定します。
次の一年は、A3報告書活動で過去の品質問題に関するものを重点的に蓄積する、ということです。
組織ごとに過去の重要品質問題を振り返り、A3報告書にしていきますが、当時の記憶が曖昧だったり、キーパーソンがすでに退職していたりして苦労しましたが、チーム単位での振り返りは、問題の本質を改めて見つめるいい機会にもなったようです。
また、この活動にはベテランの持っている情報が非常に役にたったのですが、このとき自然に若手とベテランとが過去の問題についてコミュニケーションすることが頻発し、ちょっとした技術伝承にもなりました。
さらに、この振り返りでいわゆる失敗パターンということも見えてきて、10個くらいの特に重要な品質問題に関するA3報告書を最重要A3と位置づけ、設計者がプロジェクト開始前に読むことを必須とすることで、設計品質向上を狙います。
そして、その他の品質問題A3報告書は、プロジェクトリーダーが必要なものをピックアップして、開発プロセスのマイルストーンで確認するルールを作ります。
一方、作成されたA3報告書事態に評価も行われ、重要なA3報告書の件数を組織ごとにカウントし、優秀な組織にインセンティブを与えるプログラムを用意します。
A3報告書の事業部内展開をスタートして3年で、最初の試作機の品質評価で挙がる品質問題の数が約半分になり、製品発売直後の初期流動で、市場問題が60%以上減少していると報告がありました。
モデルプロジェクトで開発した製品は、市場での評価も高く、B社にとっての久々のヒット商品となりました。
この結果を踏まえて、モデルプロジェクトに続いて、従来の開発のやり方を徐々にチャレンジするやり方に変えるように、全社の開発プロセスをモデルプロジェクトに倣うように変更する活動を展開しています。
塚本事業部長は、今回の活動で品質問題の半減に成功したのは以下のことが重要だったとおっしゃいます。
- A3報告書の展開を組織全体で、チームワークとして進められたこと
- A3報告書展開の目標を忘れず、測定し評価し続けたこと
- モデルプロジェクトでチャレンジする気持ちを組織全体で取り戻せたこと
そして一番難しかったのは、A3報告書活動開始から1年くらいのころ、なかなか成果が見えてこなくて、活動事態が形骸化しかけていたことだそうです。
それを乗り切れたのは、チャレンジする文化、言い換えると失敗を許容し、失敗から学んで成長するという考え方をトップから発信して、それが全体にしっかりと浸透できたからだと、塚本事業部長は振り返ります。
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